ロサル・タシデレ
今日はチベット暦の元旦です。皆様におかれましては、新しい一年が悉く平和と健康で満たされ、幸多き一年となりますよう、心よりお祈り申し上げます。
チベットの暦を見ますと、時には一日余り、時には一日欠けますが、こうしたズレが起こるのはどのような理由からでしょう?それは月が地球の周りを運行するスピードの差異によるものです。月は軌道の近点では動きが速くなり、軌道の遠点では動きが遅くなります。そのため、月の動きが遅い時には一日増やし、速い時には一日減らすことが必要になるのです。そのように調整することで、毎月十五日に満月を眺められるのです。
なぜ、師に帰依する必要があるのでしょうか?悟りへの道を求める心が少しでもあれば、(真意を)お分かりいただけると思います。
煩悩は浮雲の如く、心の本質は虚空のようです。
あらゆる物事にはもともと実体がないのに、どうして人生が苦しいと言えましょうか。
五月晴れの今日一日を気持ちよくお過ごしください。
昨日は、兎年の旧暦最後の一日になりました。思うに、この一年は、兎よりも速く走り去っていきました。毎月処したことは、兎の毛よりも多いですが、日々の24時間は兎の尻尾より短いものです。心せわしく活動していては、いくら時間があっても足りません。
8月のラルンガルです。ここで過ごして40年の月日が流れました。感謝溢れる気持ちで感無量です。ここラルンガルは、地球上のどこよりも厚恩を授かった地であり、私にとって、この世界で最も慕わしい場所です。
今日(チベット暦の11月15日)は、私達の導師・法王ジグメ・プンツォク・リンポチェ円寂二十周年記念日です。
『華厳経』に曰く、
若能遠離惡知識 則得親近善知識
悪しき師から離れることができれば、善き師にまみえることができます。
若得親近善知識 則能修集廣大善
もし善き師にまみえることができれば、無量で大いなる善業の糧を積むことができます。
これは私たちの地球です。『華厳経』に説かれる華厳世界の一微塵でもあります。自身の体験が、どれほど凄いことかと思い込まないでください。全てはかくの如く、ちっぽけで取るに足らないものなのです。
世界で一番高い山の頂に立ったとしても、地球が丸いということは判りません。山の頂からは、周りの限られた空間しか見ることができないからです。同様に、いくら世俗の学問の山に登っても、見えるのはせいぜいが、この先の数十年の範囲です。それを超え、過去・未来までを見渡すことはできません。そのように、私達の見解は充分では無いのです。
苦しみは煩悩より生じ、煩悩は執着より生じます。執着は愚かさ・無明より生じます。無明は全ての苦の源であり、智慧に依ってのみ、滅することができます。ですから、仏陀の智慧が必要なのです。
私達の未来は、心の深遠な謎を解き明かすことが出来るかどうかに関わっています。すべての幸福と苦しみは、智慧と無明の二文字からやってきます。
人類の歴史において、最も偉大な発見と功績は、芸術や科学ではありません。自分自身の無知と不条理を正しく認識し、それらの問題の原因を探り、解決方法を発見したことです。なぜなら、そのような智慧を得ることによってのみ、究極的な自由と幸福が得られるからです。
どんな時でも、どんな環境でも、私たちが幸せな生活を送れるかどうかは、すべては自らの心次第です。外的環境によるものではありません。それなのに、なぜ私たちは自分の心を訓練せず、周りの環境を変えようと必死になるのでしょうか?
