一念は、やがて現実となって現れていきます。だからこそ、心の中に邪念を留めてはなりません。
もし邪念が生じたなら、ただちに気づき、それを払い清めていくことが何より大切です。
それこそが、自らの心を守るための、最も重要な「心のウイルス対策」なのです。
物質的な生活への欲求が高まるほど、人の心は次第に脆くなっていきます。心が脆くなれば、いかに多くを手に入れても真の満足は生まれず、常に不安や不満に揺れ、やがて真の幸福から遠ざかってしまいます。
誰しも
苦しみに直面することを
望みません。
しかし、苦しみこそが、
私たちに他者への慈しみを
学ぶ機会を与え、
世界の真実に気づかせ、
心の内に、より前向きに
生きる姿勢と、
揺るぎない強さを
育んでくれるのです。
苦しみや困難に直面した時、
「なぜ私ばかりが、
この苦しみを受けなければ
ならないのか」
と問うのではなく、
この苦しみをもって、
生きとし生けるもの
すべての苦しみを
代わりに引き受けることが
できますよう、
心から発願すべきです。
人間は、
内なる歓びと静けさ、
そして内なる志を備えているなら、
このような青空があるだけで、
もう十分なのです。
内面的な成長が物質的な発展の速度に追いつかなければ、
物質はかえって心に重い負担と深い苦しみをもたらします。
したがって、どれほど物質的な
豊かさを手にしたとしても、
それだけで真の幸福が得られるとは限らないのです。
多くの人のクローゼットには、
一度も袖を通さないうちに、
流行遅れになってしまう服が少なくありません。
だからこそ、物を買う時には、
「これは本当に必要なのか」と、
自らに問いかけることが大切です。
私たちは日頃から
諸行無常の理を
深く観じることがないため、
この世に対する警覚を失い、
心の奥底では、
あらゆるものが
永遠に続くかのように錯覚しています。
確かに、欲望は人間や社会を発展させる原動力の一つです。
しかし私たちは、
欲望が幸福へ導く力にもなれば、
苦しみへ導く力にもなることを理解しなければなりません。
だからこそ、
欲望はまさに諸刃の剣なのです。
蚊に刺されてかゆみを感じる時、手で掻けば一時的には心地よく感じますが、
そもそも蚊に刺されなければ、その方がはるかに快適です。
これと同じように、私たちの心が欲望によって苦しみを感じる時、
物質によってその欲望を満たせば、一時的には幸福を感じることができます。
しかし、欲望そのものにとらわれなければ、そこにはより深い幸福があります。
普段、私たちは多くの人々から気にかけられ、
好意を寄せられていると感じながら生きています。
しかし、破産した時、社会的な地位を失った時、
あるいは老いによって魅力が失われた時こそ、
誰が真に自分を大切に思い、
支えてくれる存在であるのかが明らかになるのです。
人生の三段論法
大前提
有限なものが、無限の欲望を満たすことは決してできません。
小前提
私たちの欲望は無限ですが、あらゆる物質がもたらす満足は有限です。
結論
したがって、どれほど物質を手に入れても、人の心が真に満たされることはありません。
