今日は「アースデイ(地球の日)」です。
地球を大切にしたいのであれば、まず私たち人間自身の欲望を抑え、「少欲知足(欲を少なくし、足ることを知る)」を 実践することが大切です。人間の欲望が制御されない限り、どれほど環境保護に取り組んでも、その努力は表面的なものにとどまり、根本的な解決にはつながりません。
アメリカの『ニューズウィーク』誌は、かつて次のような問いを投げかけました。「お金と幸福、どちらがより大切なのか?」
これは誰にとっても簡単には答えられない、大きな問いです。私たちはこの問いに、どのように向き合えばよいのでしょうか。
衣食住の心配がなくなったあと、私たちは何のために生きるのでしょうか。食べることや遊ぶことを楽しむためでしょうか。人生の意味を探求するためでしょうか。それとも心を成長させるためでしょうか。
生きている間に、一度はこの問いに真剣に向き合い、自分なりの答えを見つける必要があるのではないでしょうか。
今日は「アースデイ(地球の日)」です。
地球を大切にしたいのであれば、まず私たち人間自身の欲望をコントロールすることが必要です。欲を減らし、今あるものに満足する心を育てなければなりません。そうでなければ、どれほど環境保護の活動をしても、それは表面的なものにとどまり、本当の意味で地球を守るカにはならないでしょう。
私たちの人生におけるあらゆる苦しみは、どんな鬼神とも関係ありません。すべては自分自身の執着から生じているのです。
私たちは、人や物事に執着すればするほど、それによって苦しみを生み出します。 だからこそ、誰かや何かに過度に執着せず、常に心にゆとりを残しておくことが大切です。
限りある物質で、限りない欲望を満たすことはできません。
欲望に振り回され続けるだけです。欲望を見つめ、整えることを忘れると、欲望はさらに大きくなり、やがて私たちを深い苦しみへと導いてしまいます。
華厳経に曰く
譬へば種子の別(こと)なるが如く、
果生じて各々殊異なり。
業力の差別なるが故、
衆生の刹同じからず。
幻師の呪術がごとく、
能く種々の事を現す。
衆生の業力が故、
國土不思議なり。
(『華厳経』華蔵世界品、大正蔵十・五一下)
盲目的に信じ込んだり崇拝したりすること自体が仏陀の教えに背くものなのです。仏教は一貫して「法に依りて人に依らざれ」という法則を唱えています。特に密教の場合は、上師(ラマ)のことを正しく見極めることが強く要請されています。これはほかならぬ「法に依りて人に依らざれ」を具体的に現しているのです。
私たちは生を受けた瞬間から、既に生から老いに至り、病にかかり、死を迎える流れの列に加わっています。あたかも、PCR検査の長い行列に並ぶが如く。
だからといって、人生には大した意味がないという訳ではありません。老い・病・死からできる限り逃れるというのではなく、いかに老い、そして、いかに病と死を迎えるか。人生の意味はそこにあるのです。
謹んで新春のお慶びを申し上げます。
皆様におかれましては、寅年の新春をめでたくお迎えのことと存じます。新しい一年が健康と安らぎで満たされ、幸多い年になりますように心からお祈り申し上げます。
願わくば昼に吉祥、夜に吉祥、昼夜六時に、恒に吉祥ならん、一切の時の中に吉祥なる者、三宝より吉祥を賜ることを祝願す。
月は地球の愛娘です。その娘は母から離れることなく、絶えず母の周囲を巡っています。
娘の月が光を放ち、母なる地球を照らすとき、彼女はこの上なく幸せを感じます。
9月10日は中国の教師の日です。謹んでお祝い申し上げます。
私は1969年、美しいカサ湖(四川省カンゼ・チベット族自治州)の辺りにあるカサ村のカサ小学校に入学しました。そこでは白先生と楊先生という二人の漢族女性が教鞭を取っていて、国語(中国語)と算数を主に、時には音楽(楽器がなくて歌だけでした)の授業をしてくださいました。放課後にはバスケットやバドミントン、縄跳びをして遊ぶのが日課でした。
かつての先生方に、改めて感謝申し上げます。
こちらの老師はケンポ・デパです。2015年に入寂され、遺体が荼毘に付された時には大量の仏舎利が見つかりました。密教修行者にはこのような現象がしばしば起こります。
12月1は世界エイズデーです。
生命より大切なものはありません。
エイズが消滅し、すべての人に等しく健康がもたらされますように。
